イノチェンティ宣言

赤ちゃんは母乳で育てることが望ましい。でもそれを言うと「おっぱいのでないお母さんがかわいそう」と言うことがとてもお母様のことを考えた立場の素晴らしい意見として扱われている今の世の中で、どれほど「それがなければ母乳育児ができるひとができなくなっているような人為的な妨害」が母乳育児の前には立ちふさがっているのか、には行政や様々なママたちを支援する人たちの目が届いていない現実があります。

母乳育児支援ネットワークのHPに書かれている母乳代用品のマーケティングに関する国際規準や、イノチェンティ宣言と言うものがありますが乳業会社さんの営業の人たちの多くが、このような母乳育児支援のための基礎のひとつである規準や宣言をご存知ない現実に度々悲しい気持ちになったものです。イノチェンティ宣言と言うものをご存知ない方は多いと思いますが母乳育児支援ネットワークでの文章を引用しますと、

イノチェンティ宣言は、「1990年代の母乳育児:世界規模のイニシアチブ」に関してWHOとユニセフの方針作成者の会議で、参加者によって作成、承認されました。この会議は、米国国際開発庁(A.I.D.)、スウェーデン国際発展オーソリティ(SIDA)が共同スポンサーとなり、1990年7月30日から8月1日にかけてイタリアのフローレンスのスペッダーレ・デリ・イノチェンティ(捨て子養育院)において開かれました。
(訳注:ここは、1419年にできた捨て子養育院です。その 中にイノチェンティ・リサーチ・センターというユニセフの研究機関があります。(http://www.unicef-icdc.org/aboutIRC/)


と言うもので、
すべての女性が生後4−6ヵ月まで完全に母乳だけで乳児を育てることができるように、また、すべての乳児が4−6ヵ月までは完全に母乳だけを飲むことができるように推進しましょう。その後は、子どもたちに適切で十分な食べ物を補いながら、2歳かそれ以上まで母乳育児を続けるようにしましょう。母乳育児に対する社会の意識を高め、周囲の環境を整え、母乳育児をサポートすることによって、子どもの栄養に関するこうした理想は実現します。


と言うことなどを目指しています(是非、サイトに飛んでどのような宣言なのか確認いただけたら、と思います)。
イノチェンティ宣言2005→ https://jalc-net.jp/dl/Innocenti2007.pdf (2023/11/14追加)


今日、改めてこのことを思いだしたのは、<森永ヒ素ミルク>36歳まで死亡率2倍 疫学調査公表へと言う毎日新聞の記事を目にしたからでした。
色々な事情で人工乳の力を借りて育児をしているママたちが信頼出来るような成分を目指して乳業会社さんはコツコツと研究を重ねています。この事件が有ってから、おそらく安全性への視点と言うものは厳密なものが有るのだろうと思います。

ただ、牛の赤ちゃん(草食動物であり脳の発育よりも身体の発育が不可欠な巨大な身体の動物)にベストな食品を、人間の赤ちゃんにふさわしいものに科学や技術の力で変えて行く人工的な過程の中では、あとで気付く問題は決してzeroには出来ないことは頭のすみに持っておいた方が良いのではないでしょうか。

このヒ素ミルクの時代は、ミルク全盛期の走りだった頃です。バンバンに張っているおっぱいを搾って捨ててでも赤ちゃんにミルクをあげるのがお洒落で科学的だと信じられていた時代です。ママがあげるべきおっぱいを何かしらかの事情から持たないために重湯や牛乳よりは安全だからと飲ませたミルクと、ママが大事なおっぱいを捨てて「お洒落で科学的だと信じていたから」飲ませたミルクと、もしそのミルクに何かしらかの欠陥が有った時に赤ちゃんに降ってかかる健康上の被害に対して後悔の程度は随分と違ってくるのではないかと思うのです。

最近の研究でだんだんわかってきたことは、赤ちゃんのころに飲んだ母乳の健康を支える性質は成人になってからも続いているということです。(血圧やコレステロールをわずかですが下げてIQを上げる、と言うデータがWHOの研究 
http://www.who.int/maternal_child_adolescent/documents/9241595230/en/ (リンク切れ)
で取り上げられたりしているのですが、母乳が赤ちゃんに与えるいい影響も、ヒ素ミルクの悪い影響も、「赤ちゃんの時だけでなくてずっと続く」ことは、注目に値することです。

赤ちゃんの食生活がその後の健康にも影響するとても大切な問題だとわかるかと思います。


「母乳が一番」であることが科学的に証明されてき始めた(2023/06/22言葉を選び直しました)今でも、肩身の狭い思いをしながら母乳育児をしているママたちが少なく有りません。
「そんなに母乳にこだわらなくても」
「おっぱいが足りないのに、ミルクを足してあげないなんてかわいそう」
「イライラしながら母乳をあげるなら、ミルクを上げてしっかり休んだ方が良いのよ」
・・・そういう言葉達の裏には「ミルクは絶対に安全」という意識があるのだと思います。40年以上前のヒ素ミルクだけが特別だった、ミルクは絶対に安全だというのは疑問を持たなくても良い事なのでしょうか。

イノチェンティ宣言が、すべての女性が自信を持って我が子を自分の母乳で育てるために行政に携わる人たちは到達目標を立てられるのだ、と言う形での育児支援を想定していること。そして、出来る限り多くのひとが当たり前に当たり前な母乳育児をしていけるならば、様々な事情でミルクで育児するお母様や赤ちゃんたちの健康支援に回せる力が生まれるのではないかと考えられます。

人の子が人の子として健康に育ち、健康に老いていける為に医療や行政に何が出来るのかを、考えていきたいものです。
思わず長くなってしまいました。最後まで読んで頂き、ありがとうございます。




元記事です。

<森永ヒ素ミルク>36歳まで死亡率2倍 疫学調査公表へ [ 05月17日 15時09分 ]

 1955年に発生した「森永ヒ素ミルク中毒事件」で、乳児だった被害者が36歳になるころまで一般集団よりも2倍前後という高い死亡率が続いていたことが、恒久救済機関「ひかり協会」(本部・大阪市)委託の疫学調査で明らかになった。37歳以後は、全体として一般と差異はなくなったが、就労していない男性の死亡率がなお高い実態も判明した。協会は、これら疫学調査に関する2論文を初公表する。

 被害者は、協会が「ヒ素ミルクを飲んだ」と認定した患者を含めて、07年3月時点で1万3426人。このうち、事件直後の乳児130人ら計996人が死亡している。

 疫学調査を担当したのは、大阪府立成人病センターや厚生労働省などで構成する「大阪疫学研究会」。同センターの田中英夫調査課長らは、協会の救済事業を受けていて追跡が可能な5064人を対象に調査。被害者がほぼ27歳になった82年から、49歳になった04年までに死亡した211人の死亡率や死因などを一般集団と比較した。

 その結果、調査時期をほぼ5年ごとに4分割した分析で、第1期(27〜31歳)が2.1倍、第2期(32〜36歳)が1.8倍と明らかに有意だったのに比べ、37歳以降の第3〜4期は1.2〜1.1倍とほとんど差がなくなった。死因別では、神経・感覚器や循環器系疾患などが前半の死亡率を押し上げていた。

 一方、就労実態を加味した分類では、調査開始時点で「非就労」と回答した男性(352人)の死亡率は全期間で3.3倍にのぼった。第1期の5.0倍から次第に低下したものの、第4期になっても2.3倍という高さだった。後遺症を残した被害者の中で成人になっても就業できず、後遺症が誘因となって病死した人がいると推論されるという。【三野雅弘、藤田文亮】

by Dr-bewithyou | 2007-05-17 22:26 | 情報メモ | Comments(0)

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